古都 大宰府の歴史

豊かな自然と歴史遺産に恵まれた太宰府市は、その約15%が史跡地に指定されています。
ここでは、かつて「とお朝廷みかど」と呼ばれ栄華を極めた古都 大宰府の歴史と、今もその姿を留め太宰府天満宮周辺に現存する史跡をご紹介いたします。


大宰府は文明のクロスロード

かつて「遠の朝廷」と称された「大宰府政庁」が置かれていた大宰府の地は、アジアと日本の文化が交差した場所でした。
アジアに開かれた玄関口として、遠くは西アジアやヨーロッパからの文物なども伝えられました。

大宰府は、九州の政治経済・軍事・外交を司る役所として、奈良時代・平安時代において特に大きな役割を果たしました。


大宰府の歴史

大宰府は、平城京や平安京と同じく条坊制をき、自然の山河や水城、大野城、基肄城きいじょうに護られた防衛都市であり、風水思想にのっとり築かれた都市でもありました。
中心部には政庁の建物が立ち並び、律令制に基づき1,000人を超える官人が働いていたといわれています。
天智2年(663)、日本が唐・新羅の連合軍に負けた白村江の戦い後、水城や大野城とともに造られ、その後整備拡充されたと考えられています。

現在、大きな礎石が残る大宰府政庁跡は、国の特別史跡に指定されています。

大宰府周辺の史跡


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